禅の友[お寺の行持]
お寺の行持
季節とともに歩む、仏さまの教え
曹洞宗では、一年を通してさまざまな「行持(ぎょうじ)」が営まれています。
行持とは、仏さまやご先祖さまに手を合わせ、感謝を伝えるとともに、私たち自身が日々の暮らしや心のあり方を見つめ直す大切な仏教の営みです。
このページでは、曹洞宗の月刊誌『禅の友』で毎月紹介されている「お寺の行持」をもとに、その月に行われる法要や仏教行事、その意味や由来をご紹介します。
春夏秋冬、移りゆく季節の中で受け継がれてきたお寺の行持には、今日を大切に生きるための仏さまの教えが込められています。
「今月はどのような仏教行事があるのだろう」と、どうぞ気軽にお読みください。
お寺や仏教を、より身近に感じていただくきっかけとなれば幸いです。
10 October 2026
お寺の行持
達磨忌
達磨忌は十月五日に達磨大師の遺徳を偲んで営まれる法要です。
日本では達磨大師は縁起物の「だるまさん」として親しまれていますが、インドから六世紀前半に中国の南朝にやってきたとされる禅僧です。お釈迦さまの法灯を継承した二十八代目の祖師で、禅宗の初祖です。
達磨大師をめぐる逸話の中でも、南朝梁の武帝との問答は有名です。仏教を篤く信奉していた武帝は、インドからやって来た達磨大師を喜んで迎え入れました。そして「私は多くの寺を建て、写経をして徳を積んだ」と誇りますが、達磨大師は「そのようなことに功徳はない」と答え、見返りを求める善行を認めませんでした。
さらに武帝の「聖なるものとは、どのようなものか」との問いに、「この世はカラリとして、聖なるものなどありません」と答えたのでした。
この武帝とのやり取りの後、洛陽郊外にある嵩山少林寺で九年間、面壁坐禅を行った姿が、あの「だるまさん」のモデルとされています。
お釈迦さまから受けつがれた正伝の仏法を達磨大師が中国に伝え、その後、五家七宗とよばれる中国禅宗のさまざまな宗派が生まれました。
そして中国の宋代に留学した栄西禅師(臨済宗)や道元禅師(曹洞宗)によって禅の教えが日本に伝わり、達磨忌が広く浸透していきました。
9 Sptember 2026
お寺の行持
両祖祭
曹洞宗では仏教を開かれたお釈迦さまとともに、大本山永平寺を開かれた道元禅師(高祖・承陽大師)と、大本山總持寺を開かれた瑩山禅師(太祖・常済大師)を「二仏両祖」と仰いでいます。
「両祖忌」とは、毎年九月二十九日に両大本山をはじめ、全国の曹洞宗寺院でお二方を偲んで報恩感謝する命日の法要です。
道元禅師は正治二年(一二〇〇)に京都で生まれ、建長五年(一二五三)八月二十八日、越前から病気療養のために訪れていた京都・高辻西洞院にあった弟子覚念の邸宅で五十四歳でお亡くなりになりました。
瑩山禅師は文永元年(一二六四)(一説には文永五年とも)に越前国多禰邑で誕生し、元亨元年(一三二一)に能登輪島に總持寺を開いた四年後、能登羽咋の永光寺で正中二年(一三二五)八月十五日、六十二歳(五十八歳とも)でお亡くなりになりました。
両祖の亡くなった旧暦(太陰暦)の日付を新暦(太陽暦)に換算すると、くしくもお二方とも九月二十九日にあたります。曹洞宗では明治十年(一八七七)に新暦の九月二十九日を両祖忌と定めました。
なお、道元禅師のお誕生を祝う「高祖降誕会」は一月二十六日、瑩山禅師のお誕生を祝う「太祖降誕会」は十一月二十一日で、両祖忌と同様、報恩の法要を営んでご遺徳を讃えます。
8 August 2026
お寺の行持
盂蘭盆会
盂蘭盆会とはご先祖さまのみ霊を供養する行持で、一般的には“お盆”として知られています。各地で営む時期は異なり、新盆(七月盆)と旧盆(八月盆)の地域があります。
新盆も旧盆も月の十三日から十六日の四日間で営まれ、「迎え火」を焚いてご先祖さまのみ霊を迎え、精霊棚にお供えをして供養し、「送り火」を焚いて送り出します。
お盆の精霊棚の飾りには、茄子や胡瓜に割り箸や爪楊枝で足を施した「精霊馬」を飾ります。これはご先祖さまが浄土から家へ帰ってくる際の乗り物で、迎え盆には「早く家に来てほしい」との願いを込め、足の速い馬に見立てた胡瓜を使います。
そしてご先祖さまとの名残を惜しみ、「ゆっくりと浄土へ帰ってほしい」との思いを込め、茄子を胴体として牛に見立てて飾ります。
また、お盆の時期には「精霊流し」や「盆踊り」といった行事も各地で営まれ、福井県永平寺町では毎年八月下旬に「大燈籠ながし」が催されています。
永平寺河川公園を会場に、大本山永平寺の修行僧の読経の後、お盆にご先祖さまのみ霊とともに過ごした人々の、感謝や供養の思いを乗せた約一万基の燈籠が九頭竜川の川面を光で覆う光景は幻想的です。
日本でも最大級といわれ、故人を偲ぶ人々で賑わう永平寺町の「大燈籠流し」。今年は八月二十二日に催されます。
7 July 2026
お寺の行持
盂蘭盆会
ご先祖さまのみ霊を供養する盂蘭盆会は、一般的には「お盆」として知られています。
お盆を営む時期は地域で異なり、七月に営む新盆(七月盆)と、八月に営まれる旧盆(八月盆)の地域があります。
新盆も旧盆も月の十三日から十六日の四日間で営まれ、「迎え火」を焚いてご先祖さまのみ霊を迎え、精霊棚にお供えをして供養し、「送り火」を焚いて送り出すのが一般的です。
お盆の時期が異なるのは、明治時代に太陰暦から太陽暦に変更されたことが影響しており、東京など一部の地域は新盆で営まれ、多くの地域は旧盆で営まれています。また農業が盛んな地域では、農繁期の七月を避け、旧盆で営む地域も多くあります。
お盆には各地で特色ある行事が行われ、長崎では初盆を迎えた故人の家族が盆提灯や造花で飾った精霊船を流す「精霊流し」を営み、京都では精霊を送り出す「五山の送り火」が知られています。
また、岐阜県郡上市の「郡上おどり」や、徳島市の「阿波踊り」、秋田県羽後町の「西馬音内盆踊り」など、亡き人を供養する盆踊りも各地で盛んに営まれています。
大本山總持寺では毎年、「み霊祭り納涼盆踊り大会」が七月中旬に行われます。横浜鶴見の夏の風物詩として定着しており、多くの市民が訪れ、故人を供養する万灯供養の灯りに照らされた境内で、修行僧と大いに盛り上がるお盆の行事となっています。
6 June 2026
お寺の行持
施食会
施食会とは、自らのご先祖さまだけではなく、仏教の世界で「三界萬霊」といわれるすべての精霊に対し、食事を施して供養する行持(法要)です。
平安時代に中国から伝わったとされる法要で、曹洞宗では、瑩山禅師様の時代には行われていたとされます。法要を行う時期は特に決まっていませんが、お盆やお彼岸の行事にあわせて行う寺院が多いようです。
施食会では本堂の正面に仏さまに向き合うように飾り付けた施食棚を設けます。
施食棚の四隅には、竹を立て、「四天王幡」や「五如来幡」を架けます。また、棚の中央にはお位牌・燈明(ロウソク)・お花・お膳・お茶・乾物・果物や野菜などの供物を供えます。こうした準備を整えて、多くの精霊をお迎えして供養します。
現在の曹洞宗の施食会では、「大悲心陀羅尼」や「甘露門」などをお唱えし、お迎えした精霊に十分な食事を供養して、生きとし生けるすべての存在を悟りへと導くことを願います。
一般にご法要とはご先祖さまや近しい方々だけへのご供養だと思われていますが、施食会では、自分と直接関係する・しないに関わらず、あらゆる“いのち”に感謝し、ご先祖さまと同じように大切に供養するのです。
5 May 2026
お寺の行持
仏前結婚式
お寺でも結婚式を挙げることが出来るのをご存知でしょうか。
結婚式の背景として思い起こされるのは、教会でのウェディングドレスや、神社での白無垢の麗しい新婦さんの姿ですが、お寺で寿ぐ仏前結婚式も近年よく行われています。
仏前結婚式では、新郎新婦が本堂に入堂(入場)し、清らかな水が二人の頭上に灌がれ身と心を清め、住職からお祝いの数珠(数珠)が授与されます。
希望によっては指輪の交換も行い、さらには新郎新婦による誓いの言葉や三々九度といった盃事、住職によるお祝いの訓示やご先祖さまへの報恩(ご縁に感謝する)の読経焼香などをつとめて閉式となります。
教会や神社での結婚式が神さまに結婚を誓うのに対して、仏前結婚式ではご本尊さまの前で結婚を誓うとともに、二人が出会い、結ばれた「ご縁」に感謝し、ご先祖さまや家族へ報告をする儀式で、菩提寺や新郎新婦にゆかりのあるお寺で行われます。
一人ひとりが「かけがえのない存在」として生まれた私たちが出会い、大切な家族へとなっていく、「縁結び」の場としてもお寺はあるのです。
4 April2026
お寺の行持
降誕会
四月八日の降誕会は、お釈迦さま(釈尊)の誕生を祝う仏教行事です。「花まつり」や「灌仏会」ともよばれています。
降誕会では多くのお寺で、草花で飾った花御堂を安置し、誕生仏に甘茶をかけて、お釈迦さまの誕生を祝います。
釈迦族の王である父浄飯王と母摩耶夫人との間に生まれたお釈迦さまですが、白象が胎内に入るのを摩耶夫人が夢に見て懐妊します。そして出産のために郷里に帰る途中、ルンビニーの花園で無憂樹(アショーカ樹)の花が咲いている小枝を手折ろうとしたとき、摩耶夫人の右の脇腹からお釈迦さまが生まれました。誕生を祝って龍神が甘露の雨を降らせたという伝説も残されています。
生まれたばかりのお釈迦さまは、すぐに七歩あるいて、右手で天を、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊」と言葉を発せられたと伝わり、この時のお姿を模したのが誕生仏です。
甘茶は誕生時に龍が降らせた甘露をあらわし、花まつりで登場する白象のオブジェは夫人の懐妊のエピソードに由来しています。
日本での降誕会(灌仏会)は推古天皇八年(六〇〇)に飛鳥寺(のちの元興寺)で営まれたのが最初とされ、平安時代初期には朝廷や寺院に広まりました。
明治時代以降に現在の太陽暦が導入され、四月八日は桜が咲き誇る季節であることから「花まつり」の呼称が用いられ始めました。